「丈」とは何者?

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氏名/MyNAME 新井丈晴/TAKEHARU ARAI
ニックネーム/nickname 丈/TAKE
ディスクゴルフ開始年 2006年~
JPDGA   2245
PDGA 239244
障がい名/handicap 脳性麻痺/cerebral palsy

~対戦成績~(記録が残っている試合のみ)(*取りまとめ中)
2006年9月17~18日 第7回新潟オープン    障がい者クラス  最下位
2007年9月16~17日 第8回新潟オープン    障がい者クラス 11位/11人中
2008年9月14~15日 第1回障がい者日本選手権 障がい者Aクラス(身体障がい者)14位/15人中
2009年7月19~20日 第2回障がい者日本選手権 障がい者Aクラス(身体障がい者)
2011年7月17~18日   第4回障がい者日本選手権 障がい者Aクラス(身体障がい者)
2012年7月15~16日   第5回障がい者日本選手権 障がい者Aクラス(身体障がい者)
2017年7月17日   第17回新潟オープン  障がい者Aクラス(身体障がい者) 8位/8人中
2018年7月16日   第18回新潟オープン  障がい者Aクラス(身体障がい者) 7位/7人中

 1、ディスクゴルフとの出会い

2003年に当時の日本チャンピオンである実広泰史選手と衝撃的な出会いをとあるところでしました。最初の2年間はディスクゴルフ以外のところで一緒に活動させてもらってましたが、とあることをきっかけにディスクゴルフを教わり しばらくは遊びでしてましたが、はまり 2006年から真剣に生涯スポーツとして取り組み始めました。

In 2003, I had a shocking encounter with the then Japan champion, Yasushi Jitsuhiro. For the first two years, we worked together outside of disc golf, but something happened to me and I learned disc golf and played it for a while, but in 2006 I started to seriously engage in it as a lifelong sport.

(Japan Open Disc Golf2008にて実広泰史選手と)

2   初のコースデビューは「昭和記念公園」
しばらく、地元の公園で投げていましたが、師匠の実広選手から「この日昭和のマンスリーに出ているけど午後から付き合うから昭和来てみない」とお誘いを受け 母に頼んで連れていってもらいました。午前中昭和マンスリーに参加していた実広選手。午後から付き合ってくださり、計17ホールラウンド 初めてあんな長時間投げました。
最初は長距離につかれる場面も。徐々に慣れていき よりディスクゴルフを好きになりました。
I was throwing at a local park for a while, but my teacher, Sanehiro, invited me, saying, “I’m playing in Showa’s monthly on this day, but I’ll be dating in the afternoon, so why don’t you come to Showa?” I asked my mother to take me. I got it. Sanehiro, who participated in Showa Monthly in the morning. You’ve been with me since the afternoon, and it’s the first time I’ve thrown a ball that long for a total of 17 holes.
At first, there is also a scene where you can get used to long distances. Gradually he got used to it and liked disc golf more.
   
昭和記念公園初ラウンドの様子

3、ホームグランドとなる「辰巳」へ
コースデビューをしたその年、私でも出れる大会はないかと探していたところ 新潟ディスクゴルフ協会の「新潟オープン」が障がい者とサポーターのディスクゴルフトーナメントだと聞き
師匠に相談したところ 一緒に行ってくださることになり、一緒に何度か練習をしようと練習場所にしたのが「東京都立辰巳の森海浜公園ファミリーコース」通称「辰巳」だった。
その当時は、まだ一人で外出できなかったため母に付き合ってもらって行っていた。
時を同じくして、簡易電動車椅子での一人で外出がOKとなり、母と一回電車で辰巳に向かい 「大丈夫」と一人での外出許可をもらった。
その後は、ホームグランドとして毎週末(それは言い過ぎ?)として通うようになった。
辰巳で練習しているプレーヤーはとてもやさしくすぐに溶け込ませてもらい 練習することになった。
That year when I made my debut on the course, I was looking for a tournament that I could participate in, and I heard that the Niigata Disc Golf Association’s “Niigata Open” is a disc golf tournament for people with disabilities and supporters.
When I consulted with my master, he decided to go with me, and the place where I practiced together was the “Tokyo Metropolitan Tatsumi no Mori Seaside Park Family Course” commonly known as “Tatsumi”.
At that time, I still couldn’t go out by myself, so I had my mother go with me.
At the same time, it became OK to go out alone in a simple electric wheelchair, and I went to Tatsumi by train with my mother once and received permission to go out alone.
After that, every weekend as a home ground (is that too much to say?). I came to go as.
The players practicing at Tatsumi were very gentle and quickly blended in and decided to practice.


(通い始めたころの辰巳での練習の様子)